第7話 オイル・ショック(3)

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みなさん、こんにちは!
”レイム・ダックおじさん”です

ラベンナの天然ガス精製会社(AGIP)にやっとの思いでついたが、もう終業時間まで一時間もなかった。レイム・ダックおじさんを案内してくれることになっていたイタリア人のGさんは、駅まで出迎えにいってくれており、「日本人は、来なかった」と言って、帰ってくるところにばったり出会った。Gさんの英語は、余り流暢なものでなかったので、おじさんは少々、意を強くすることが出来た。

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AGIPのやっている仕事は、ラベンナの沖合いの海底のガス田から、天然ガスをラベンナの精製所まで運んできて、ここで、天然ガスに含まれている不純物を取り除く作業であった。Gさんは、まず沖合いの天然ガス採取プラットフォームからパイプラインで海岸まで引いてきている所までつれて行ってくれ、採取工程を説明してくれた。次に、天然ガスの不純物を分離するタンクが20基ぐらい並んでいる工場へ連れて行ってくれた。天然ガスを採取、精製している工程が比較的単純なせいかGさんの英語を理解することが出来、レイム・ダックおじさんは、すっかりうれしくなってしまった。Gさんとは、夕食でも共にしながら、色々と世間話もしたかったが、かえりの最終列車のこともあったので、早々に帰ることにした。自分が今日一日やったことを振り返ってみると、子供の仕事にも劣っていたことであったと思うと少し淋しい気になった。しかし、言葉の不自由な外国であれば、こんなことかと自己満足してみたりした。

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車中の人となったレイム・ダックおじ さんは、ラベンナについての案行内案書を開いてみてラベンナは古い歴史の街だと知った。ローマ時代には、軍港であった。西ローマ帝国が滅んでからは、東ゴート族、ビザンチャン帝国、フランク王国などに支配された。しかし、13世紀には、ローマ教皇の領土になり、ヴェニスに支配されたり、また、ローマ教皇へ返還されたり、まさしく、歴史に翻弄された街だったと知った。特に、興味を惹かれたのは、ラベンナはダンテが晩年を過ごした地であったことである。ダンテというと高校の時、ベアトリスという永遠の恋人がダンテにあったことを学んだが、この旅行案内によってベアトリスのことを更に深く、知ることが出来た。ダンテが9歳の時、ほぼ同年であったフローレンスの貴族の娘ベアトリスに想いをよせた。しかし、彼女はシモネという人と結婚し、24歳に亡くなってしまう。ダンテ自身も結婚し、3人の子供をもうけるが、ベアトリスに対する愛は、一生涯続き、神曲では、ベアトリスが彼岸の世界へダンテを案内するという筋であることを知り、ベアトリスがどんな人だったか想像をたくましたが具体的な映像はむすばなかった。ダンテより200年近く遅く生まれたレオナルド・ダ・ヴィンチも晩年モナ・リザを描いている。モナ・リザも描かれてから500年間、西洋の男性にとって理想の女性像になり続けたし、また、レオナルド・ダ・ヴィンチより200年後に生まれたゲーテの、「ファスト」には最後に次のようなくだりがある。

「すべて無常のものは、ただ映像にすぎず。及び得ざるものここに実現せられ、名状しがたきものここに成し遂げられぬ。永遠なる女性は、われらを率いて昇らしむ。」(相良訳、岩波文庫)

永遠なる女性ということについては、レイム・ダックおじさんが学生の時、友人から教わったものである。ここでも女性というものが、男性を引っぱっていくものとして、女性を崇高なものとして描かれている。また、古くは西洋の騎士道なども自分の命を女性に捧げるという精神が宿っていると歴史の先生から教わった。新しいところでは、ヘッセのペーター・カーメンチントがある。彼は、恋人に花を捧げるため命の危険を冒して崖を登り、アルプスバラを採ってくる。西洋には、女性崇拝の精神が脈々と流れていると思った。

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一方、我々日本人は、身近なものより、天皇とか君主に身を捧げることが崇高なことであり、肉身や恋人などに身を捧げることは、第2次的なことであると、教えられてきた。身近なものより、公のために犠牲になろうとするのであるから、情緒的なものより理念的になるような修養が必要である。これは、なかなか難しいことで武士道などという自己修養の規範が生まれたのかもしれない。おじさんは、女性を崇高とする西洋の考えの方が、東洋の考え方より自然で合理的なものであると思った。ラベンナからミラノまでの車中はダンテのことから、武士道のことまで色々と勝手な想像にふけって、イタリアで列車に乗っていることをすっかり忘れてしまった。

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翌日は土曜日であり、土・日は会社が休みだったので、ローマ見物に出かけることになった。Mさんは家族もあることだし態々、見物に付き添ってもらうのも申し訳なく思ったので一人で出かけることにした。今度は、1人旅だし観光旅行なので、余り急がずゆっくりまわることにした。 ラベンナへ行く時は、途中下車してタクシーに乗るのに慌てて、イタリア語を少しも使うことが出来なかったことを鑑み、1語で通じることばと数詞を確実に言えるように練習することにした。また、ゆっくりしたスケジュールでローマを見物するために、ミラノを飛行機で朝、発ち、その日に旧所名跡をまわり、日曜日は一日かけてローマの市中を流れるテベレ川にかかる橋を見物することにした。

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